大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島地方裁判所 昭和41年(ワ)617号 判決 1968年7月19日

原告

西村一敏

ほか二名

被告

大村勲

ほか二名

主文

被告勲及び同明美は、各自

(一)  原告一敏に対し金八〇万二、三二六円及びこれに対する昭和四〇年一〇月二一日以降、

(二)  原告哲吉に対し金一二万〇、三〇〇円及びこれに対する昭和四〇年一〇月二一日以降、

(三)  原告タマヱに対し金一二万三、八〇〇円及びこれに対する昭和四〇年一〇月二一日以降

いずれも支払いずみまで各年五分の割合による金員を、支払え。

原告らの右被告両名に対するその余の請求を棄却する。

原告らの被告和直に対する請求を棄却する。

原告らと被告勲及び同明美の間に生じた訴訟費用は、これを四分し、その三を同被告ら、その一を原告らの負担とし、原告らと被告和直の間に生じた訴訟費用は、原告らの負担とする。

この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、原告らにおいて被告勲及び同明美に対し仮に執行することができる。

事実

(原告らの申立て)

原告ら訴訟代理人は、

(一)  被告らは、各自

(イ)  原告一敏に対し金二、一四四、三五〇円

(ロ)  原告哲吉に対し金四二九、〇〇〇円

(ハ)  原告タマヱに対し金四三四、〇〇〇円

並びに右各金員に対する昭和四〇年一〇月二一日から支払いずみまで各年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は、被告らの負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言を求めた。

(請求の原因)

原告ら訴訟代理人は、請求の原因として次のとおり陳述した。

一、原告一敏は、西村哲吉、西村タマヱの四男であり、被告和直は、後記交通事故をおこした自動車の所有者、被告明美は、広島市出汐町八〇八番地で「さぼてん」という喫茶店を営んでおり、被告勲は、その使用人(バーテン)である。

二、被告勲は、無免許で、昭和四〇年一〇月二一日午後七時頃、普通乗用車(広五ぬ六、六九九号)を運転して佐伯郡大野町方面から広島市草津南町に向つて国道二号線を時速七〇キロメートル位で進行中、草津南町九六〇番地神戸屋商店附近にさしかかつた際、原告一敏(当時八才)が横断歩道を歩いていたのに、左側歩道の人に気をとられ、右前方を進行中の原告一敏が目の前に近づくまで気づかず、なおも時速七〇キロメートル位で進行して右一敏に右車の前部中央あたりを衝突させ、その直後ブレーキをかけたが、一敏は約二〇メートル跳ね飛ばされ、加療約四か月を要する左頭骨骨折、脳底骨折、脳挫創及び全身打撲擦過傷の傷害を受けた。

三、右事故は、被告勲の重大な運転上の過失に基因するもので、同被告が右事故による損害を賠償すべきは当然である。

四、右自動車は、被告和直の所有で、当日被告明美に使用を許していたところ、被告勲は、勤務先の「さぼてん」で被告明美の不在に乗じ車の鍵を持ち出し、マダムの吉村紀代(被告明美の内妻)及びウエイトレス二名を乗せて運転し、前記の事故をおこした。

そこで、被告和直、同明美は、自己のため自動車を運行の用に供するものであり、自動車損害賠償保障法第三条により、さらに、被告明美は運転者勲の使用者として、それぞれ被告勲の交通事故による損害を賠償する責任がある。

五、原告一敏の受けた損害は次のとおりである。

(一)  治療費 金一一万七、二〇〇円

昭和四〇年一〇月二一日から同年一二月二九日まで種村外科病院に入院して治療を受けた医療費として原告らが支払つたもの。

(二)  栄養食品費及び入院雑費 金四万六、三六〇円

(三)  入院中の氷代 金六、七五〇円

(四)  破損した衣類代 金三、〇〇〇円

(五)  両親往来の旅費、通信費 金一一万五、六四〇円

海上での往復九回、陸上二回の旅費、通信費である。

(六)  兄二名の往来の旅費、通信費 金一万円

兄の捷一及び正彦が危篤の知らせで来広した費用及び連絡の通信費である。

(七)  見舞品の返礼 金一万円

親戚、知人から多数の見舞品を貰い、その返礼として品物を購入して配布した費用である。

(八)  世話人への謝礼 金一万三、〇〇〇円

広島市宇品町に住む山田敏雄は、同郷人で献身的に世話をしてくれたので謝礼として支払つたもの。

(九)  慰藉料 金二〇〇万円

原告一敏は、種村外科病院を退院し、医師の治療は一応終つたけれども、なお頭痛、吐気を訴え、記憶力、運動能力もいちぢるしく低下し、気持が不安定である等、神経症状を残している状態で将来の不安も大きいものがある。また、本件受傷後一週間は意識不明で二度も危篤の状態になる等の苦痛をなめ、前記後遺症もあるところから、将来の職業の選択についても不利があることなど、一切の事情を考えると、原告一敏の物心両面の苦痛を慰藉するには金二〇〇万円をもつて相当とする。

六、(一) 原告哲吉は、漁業によつて生計をたてているが、原告一敏の本件受傷によつて、二九日の間看病したり、肩書住所地と病院の間を往復して出漁することができず、この間少くとも一日金一、〇〇〇円の割合で合計金二万九、〇〇〇円の得べかりし利益を喪失した。

(二) 原告哲吉が四男の一敏の受傷によつて受けた心痛は多大であり、しかも将来消えない傷痕を持ち、成人後の生活にも不安がある等、父としての苦痛は甚大であるから、これを慰藉するには金四〇万円をもつて相当とする。

七、(一) 原告タマヱは、同一敏の入院中、つききりで看病し、六八日間家庭の仕事や子女の面倒もみられず、農業の手伝いもできなかつたので一日金五〇〇円の割合による合計金三万四、〇〇〇円の得べかりし利益を喪失した。

(二) 原告タマヱの心痛も夫の哲吉に比して劣らないものであるから、同女の受くべき慰藉料は金四〇万が相当である。

八、原告一敏は、自動車損害賠償責任保険金として金一七万七、六〇〇円の支払いを受けた(査定は金三〇万円であつたが、国民健康保険によつて治療を受けたため、内金一二二、四〇〇円は姫島村に対し支払いがされた)ので、被告らに対し、各自前記五記載の損害金の合計金二、三二一、九五〇円から右一七七、六〇〇円を差し引いた金二、一四四、三五〇円及びこれに対する本件事故発生の日以降支払いずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを、原告哲吉は、被告らに対し各自、前記六記載の金員の合計金四二九、〇〇〇円及びこれに対する前同様の遅延損害金の支払いを、原告タマヱは、被告らに対し各自、前記七記載の合計金四三四、〇〇〇円及びこれに対する前同様の遅延損害金の支払いを、それぞれ求める。

(被告勲の答弁、主張)

被告勲訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、次のように述べた。

一、原告主張の交通事故が発生し、被告勲が無免許運転であつたこと、喫茶店「さぼてん」の使用人であつたこと、原告一敏に対しその主張の保険金が支払われたこと、はいずれも認めるが、その余の事実は争う。

二、本件事故は、被告勲の過失によつて発生したものではなく原告一敏及び哲吉の過失にその原因がある。

三、仮に、被告勲に過失が認められるとしても、右被害者の過失も重大であるから損害金の算定について斟酌さるべきである。

四、被告勲は、被害弁償のため、原告らに対し次の金品をおくつている。

(イ)  附添看護婦費用 金一三、〇〇〇円

(ロ)  氷代 金一、八〇〇円

(ハ)  見舞金 金二、〇〇〇円

(ニ)  見舞の品物(果物、菓子、タオルなど) 金五、〇〇〇円相当

なお、被告勲は、本件事故により業務上過失致傷罪で起訴され、罰金四万円の刑に処せられた。

(被告明美の答弁)

同被告は、請求棄却の判決を求め、本件自動車の所有者被告和直からこれを借用し、内妻吉村紀代に車の鍵を渡していたことは事実であるが、被告明美は「さぼてん」の経営者ではなく被告勲を雇用していたものではなく、被告勲が勝手に本件自動車を運転したものであると述べた。

(被告和直の答弁)

同被告は、請求棄却の判決を求め、同被告が本件自動車の所有者であり、被告明美にこれを貸与したことは認めるが、被告和直は「さぼてん」とはなんの関係もなく、被告明美をつうじて被告勲に車の使用を許した事実はない、と述べた。

(証拠関係) 〔略〕

理由

原告主張の日時、場所で被告勲運転の自動車が原告一敏を跳ね飛ばす交通事故の発生したことは、当事者間に争いがなく、〔証拠略〕を綜合すれば、被告勲の前方不注視(左側にのみ心を奪われ、右側の原告一敏の発見がおくれた)により、時速四〇キロメートルのまま直進したため、右事故は発生したものであり、原告一敏はその主張の傷害を受けたのであるから、同被告は不法行為の責任を免れない。もつとも、原告一敏が北進した道路は横断歩道であつたけれども、同人も左右確認の注意を怠つた点の過失があることも前記証拠によつて認められるところである。

被告明美は、喫茶店「さぼてん」の経営者であり(〔証拠略〕)、被告勲は右喫茶店のバーテンをしていた(争いのない事実)ので被告明美は同勲の使用者であり、少くとも被告明美は、内妻吉村紀代に右喫茶店を経営させてその二階に同棲していたので(〔証拠略〕)あつて被告勲は右紀代の弟でもあるから被告明美は、同勲の使用者としての責任を負うべきものである。また、被告本人明美の陳述によつても、同人は被告和直から本件自動車を借り受け、これを保管中、車の鍵を喫茶店「さぼてん」に放置し、車はその所においていたのであつて、無免許の被告勲がこれを利用しうべき状況を作出した責任があり、「自己のために自動車を運行の用に供した」ものと同視すべきである。したがつて被告明美は、原告らに発生した交通事故に伴う損害を賠償すべき義務あるものというべきである。

被告和直が、本件加害車の所有者であることは当事者間に争いがないところ、全証拠を検討してみても、同被告は、被告明美に右車を貸与しただけの関係で、本件事故は被告勲がその私用のために五日市方面に出かけた際の事故であつて被告和直が自己のために本件加害車を運行の用に供したものと認めるに足らないし、被告和直と同勲の間に密接な支配、従属の関係も見出せない。

したがつて、被告和直が本件交通事故の損害を賠償すべき義務あるものとは断定し難く、原告らの同被告に対する本件請求は失当として排斥を免れない。

原告らの蒙つた損害の点について検討する。

(一)  原告一敏について。

(イ)  原告一敏の請求の五の(一)(三)(四)は、治療費一一万七、二〇〇円、入院中の氷代六、七五〇円、着衣の損失三、〇〇〇円であつて、これらは、同原告の目認する自動車損害賠償責任保険から支払われた金一七万七、六〇〇円をもつて償われたものと解するのが相当であり、五の(七)の見舞返しの金一万円の点については、それがそのまま、本件交通事故の損害とはいえないので、この点の請求は、いずれも失当である。

(ロ)  栄養費、雑費の金四万六、三六〇円の請求(五の(二))については、〔証拠略〕によると、右金員の中には、母タマヱの看病のために滞在した食事等の雑費も含まれているので、その半額金二万三、一八〇円のみを相当とし、その余は不当な請求というべきである。

(ハ)  両親の旅費、通信費の金一一万五、六四〇円の請求(五の(五))については、〔証拠略〕によつてもその額をそのまま肯認し難いが、金一〇万円程度は要したであろうと認められるので、金一〇万円のみを相当として認容し、その余は失当というべきである。

(ニ)  兄二名の旅費、通信費の金一万円の請求(五の(六))及び世話人への謝礼金一万三、〇〇〇円の請求(五の(八))については、〔証拠略〕によりその支出が首肯しうるのでこの請求全額を相当なものと認める。

(ホ)  以上相当と認められる合計金一四万六、一八〇円の損害のうち、前認定のように、原告一敏の軽卒な横断の仕方についての過失があるので、損害額の三割を差し引くのを相当と認め、これを控除し損害額は合計金一〇万二、三二六円の限度で正当な請求として認容する。

(ヘ)  原告一敏の傷害はかなり重大で意識不明の期間は七日にも及び、二度も危険状態に陥るなど、その苦痛は高度であり、頭部の骨折、挫創であるから現在なお苦痛を訴えており、将来の健康状態にも不安なしとはいえない等記録にあらわれた一切の事情を綜合し、同人の過失も斟酌すると、原告一敏に対する慰藉料としては金七〇万円をもつて相当とし、それを超える請求は失当である。

以上原告一敏に対する損害賠償の額としては、金八〇万二、三二六円を相当と認める。

(二)  原告哲吉について。

本件事故による看病、往来等のため二九日間の漁業を休んだことの一日金一、〇〇〇円の損害は、原告本人哲吉の陳述によつてうかがうに足る。そこで前同様三割の過失相殺をし、金二〇、三〇〇円を損害額と認め、その余を失当として棄却する。

原告哲吉の精神上の打撃については、四男一敏の受傷の重大性にかんがみ、自らが事故を受けたのと異ならない程に打撃を受けたものと認めるのを相当とし、保護者の道路横断における誘導の不注意等一切の事情を考慮し、原告哲吉の慰藉料は金一〇万円を相当とし、その余の請求は失当と認める。

(三)  原告タマヱについて。

同女の収入減についても一日金五〇〇円の割合による六八日分を相当と認め(〔証拠略〕)、前同様過失相殺をとげ、金二三、八〇〇円を相当とし、その余は失当である。

同女の母としての慰藉料も父哲吉同様金一〇万円を相当とし、その余の請求は失当である。

以上のとおり原告らの請求は、被告和直に対するものはすべて失当であり、被告勲、同明美に対するものは、原告一敏について金八〇万二、三二六円、原告哲吉について金一二万〇、三〇〇円、原告タマヱについて金一二万三、八〇〇円、並びにこれらに対する本件事故発生の日たる昭和四〇年一〇月二一日以降支払いずみまで各年五分の割合による遅延損害金の各自支払いを求める限度で正当として認容し、その余を失当として棄却する。

よつて、民訴法第八九条、第九二条、第九三条、第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 熊佐義里)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例